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カテゴリ:旅行・出張 2007年 09月 10日
一週間の休暇を取ってまたしてもカリブ海に行ってきた。 今回は東の外れの方にある Anguilla (アンギラ)と St Martin (セント・マーチン)。 これまでに行った島と今回の行き先は↓な感じ。 ![]() いつもの通りグーグルマップやネットで検索しながら、今回も「何となく」で行き先を決めたので、アンギラとセント・マーチンにした理由は特に無い。 強いて言えば、アンギラはイギリス領、セント・マーチンは島が南北に分かれていて北がフランス領、南がオランダ領と、3つの文化が味わえるかなと思ったから。 アンギラもセント・マーチンもNYからの直行便があり、4時間くらいで到着。 二つの島はフェリーでわずか20分という距離なので、島間の移動は楽だった。 Anguilla まずはアンギラに滞在。 この島はガイドブックに「何も無い」と書いてある通り、中心部でも店がまばらにあるだけで素朴というイメージがぴったり。 島の人々ものんびりしていて、全ての時間がゆっくりと流れている。 海の美しさは昨年行った アルーバ 以上で、僕が知っている限りでは世界一きれいだった。 ![]() また、9~10月はハリケーンシーズン(オフシーズン)ということで観光客は殆どおらず、僕が泊まったホテルも4組しかお客がいなかったので、美しいビーチを独占する贅沢を味わえたのも良かった。 ![]() ビーチで過ごす以外にやる事が無いので、レンタカーでビーチをはしごしたりもした。 ビーチによって雰囲気が違うけど、最も美しいと言われている Shoal Bay はまさに楽園という言葉がぴったりだった。 ![]() St Martin 旅の後半はセント・マーチンに移動。 こちらはアンギラよりも発展していて、大型ホテルやショッピングモールがあって観光地化が進んでいる。 アンギラとはフェリーで20分の距離なのでやはり海はきれいだけど、アンギラの海を見た後だと少し劣る気がした。 ![]() 僕は島の北半分にあたるフレンチ・サイドに泊まったんだけど、こちらは美味しいレストランが沢山あることで有名。 ホテル近くのレストラン街にはフレンチ系のレストランが沢山あり、手頃な値段で気軽にフレンチを楽しむことが出来た。 また、海に面しているレストランも多く、↓のような夕日を眺めながらフレンチなんぞを食していると、普段は飲まないワインなんかも注文しちゃってご満悦。 ![]() そんなこんなで、海→ビール→海→ビール→昼寝→ワイン、のようなぐーたら旅行を満喫してきた。 去年行ったアルーバもかなり良かったけど、僕はアンギラの方が良いと思った。 素朴なリゾートが好きならアンギラ、程よく観光地化されたリゾートならセント・マーチン、その中間がアルーバ。 いずれもお勧めです。 いつも通り、数え切れないほどの写真を撮ってきたので、残りはスライドショーでどうぞ(音が出ます)。 Anguilla & St Martin Slide Show ![]() 2007年 05月 31日
出張でボストンに行ってきた。 またまた滞在時間が24時間未満の慌しい出張。 それにしても、今月は飛行機でどれくらいの距離を移動したんだろう・・・ 日本:6712×2=13424マイル フロリダ:1088×2=2176マイル ボストン:199×2=398マイル 合計:15998マイル(25746km) 地球を一周くらいしたかなと思ったけど、赤道の全周は40000kmあるらしいからこれでも半分ちょっとか。 でも、しばらく飛行機に乗るのはいいや。 ということで、移動と仕事しかしていないので、特に書くこともありません。。。 ![]() ![]() 2007年 05月 17日
NYに戻ってきてからバタバタとしていて、久しぶりに「まわっていない」という感じがする。 昨日は日本帰国中に放置していたメールの処理だけでほぼ一日が終わってしまった。 今日も引き続きバタバタ。 午前中に来客があり、その後は出張のため急いで空港へ。 もともとタイトなスケジュールだったのに来客対応が長引いたため、空港に着いたのは出発の25分前。 チェックインはオンラインで済ませていたので走ってセキュリティを通過し、ギリギリで飛行機に乗り込んだ。 で、今はフロリダのBoca Ratonというリゾート地にいる。 ![]() とは言っても遊びではなく、明日の会議に出席するための出張で、明日の昼過ぎにはNYに戻らなくてはならない。 現地滞在時間は約20時間…ビーチに行っている時間は無い。 こんな場所じゃなくてNYでやってくれればいいのに。。。 一方、明後日からは新学期が始まる。 通常、学期最初の授業は概要説明とかで終わるはずなんだけど、今回受講するクラスはいきなりケーススタディがあったり宿題まで出たりして、学期前だというのに作業が多い。 一昨日まで日本にいて完全に出遅れてしまったので、出張荷物の半分は大学の教科書。 そんなこんなで、会議主催者が用意した高級ホテルに泊まれるのはいいんだけど、到着後すぐに会議参加者が集まって堅苦しいディナー、これを早めに抜け出して部屋に戻り大学のスタディグループで宿題についてのカンファレンスコール、そしてケースの読み込み。 超リゾートちっくな広い部屋なのに、部屋の端っこにある机しか使っていない。 今はあるクラスのアンケートに答えていて、その一つが「あたなの人生の目標は何ですか?」という、オープンエンドにも程があるだろと言いたくなる質問。 ということで、人生の目標について思いを巡らせています in Boca Raton。 夜のビーチでも散歩してこようかな…革靴しか持ってきていないけど。 それにしても、ホテルが巨大すぎてどこに何があるのかさっぱり分からん。 ![]() ![]() ![]() 2007年 05月 15日
一週間ほど日本に帰国していました。 日本は約1年半ぶりで渡米してから2回目。 大学が始まってからは初めての帰国だったこともあり、随分と久しぶりな感じがした。 初めて日本に帰国した時は行動を日本仕様に戻すように準備していたけど、今回は2回目ということもあって特に何も考えずに帰国したら、日米の違いを実感するような出来事がいくつかあった。 まずは、いきなりNYの空港にて。 NYから東京へ向かうフライトは14時間くらいかかるので楽な格好が良いと思い、Tシャツにスエットというラフな服装で空港へ向かった。 ところが、今回は日系航空会社だったことに加え、その日がゴールデン・ウィーク最終日だったことからその飛行機の乗客の9割くらいはNY観光を終えた日本人・・・皆さん気合の入った服装をしている。 だから、チェックインカウンターでは近くにいた日本人にことごとく嫌そうな顔で見られ、心なしか空港職員の対応もぞんざいだったような気がした。 米系の飛行機ならスエットでも問題ないと思うんだけど、日系に乗る時は注意しなきゃいけないね。 なお、日本はGWの帰国ラッシュのため成田から都心へ向かう成田エクスプレスの席がなかなか確保できず、仕方ないから席なし(立ち乗り)で乗ることになり、ずっと立っているのもしんどいのでドア付近の地べたに座っていたら、またしても嫌そうな顔でじろじろと見られてしまった。 まあ、Tシャツ・スエットで地べたに座っている人間には近寄りたくないわな・・・ ![]() 日本に着いてから繁華街を歩いていると、人にぶつかりそうになって歩きにくい。 NYに比べて日本は歩きやすいはずなのに、と思ったら、他の人達は歩道の左半分を歩いているのに僕は右半分を歩いていたので、僕だけが流れに逆らって歩いていたみたい。 そういえば歩道とかエスカレーターには「暗黙の左側通行」ってのがあったな。 全く車が通っていないのに赤信号の横断歩道を誰も渡ろうとしないマナーの良さには感心しながらも少しイライラしてしまった。 また、街にはゴミ箱が殆ど存在しないので僕はかなり不便に感じたんだけど、それでも街がさほど汚れていないのは日本ならではだなと思った。(NYでゴミ箱が無かったらすごいことになりそう・・・) いずれにしても、僕が昔に比べてマナーの悪い人になっていることは間違いなさそうだ。。。 街を歩いて他に気づくことは、多くの若い女性が似たような服装をしていること。 流行なのか何なのか分からないけど、新宿を歩いている女性を見ていると、すねの途中までの長さのジーンズ/パンツか、短パン/ミニスカート&スパッツ(ストッキング?)、のどちらかの服装の女性が半分くらいを占めているような気がした。 大きなお世話なんだけど、女性3人組が全員ミニスカート&スパッツだったりするとちょっと気持ち悪いぞ。 あと、先日も書いた「変な日本語」もたくさん飛び交っていた。 繁華街を歩いていたら呼び込みの兄ちゃんが「居酒屋の方は大丈夫でしたか?」だって。 この短い文の中に何個ツッコミポイントがあるんだろう・・・ と、こんな感じではじめの数日は戸惑ったけど、チンケな飲み屋に行っても旨い食べ物が出てくるし、サイズの合う服を見つけるのに苦労することは無いし、店員の対応はすばらしいし、3日もするとすっかり日本に馴染んで楽しいひと時を過ごすことが出来た。 一方、蒸し暑さとか、新しい仏大統領が決定する中でジェットコースター事故ばかりを延々と報道する民放とか・・・まあ一長一短だね。 なお、今回の日本滞在は時間的な制約があったため、ごく一部の方にしか連絡していませんでした。 「冷てーな」と思われた方がいらしたら申し訳ありません。。。 ![]() 2007年 03月 15日
前回の続き。 一応授業として行ったので、経済面についても書いてみる。 経済全般 20世紀前半に栄えたアルゼンチン経済だが、その後は若干の好不況を経験しつつも、基本的には下降トレンドを辿ることになる。 イギリスやアメリカによる投資により国家インフラが形成されたことは事実だが、国民の間には欧米都合による経済支配への反感が強まり、次第にナショナリズムを背景とした閉鎖的な経済へと移行していく。 これが国内産業の競争力を低下させることとなり、中央・地方政府の無計画な支出と相俟って、経済危機へとつながっていった。 80年代には過剰な貨幣発行により1000%を超えるインフレを経験、その後順調に経済を拡大させたが、90年代後半にはアジア危機の影響等により景気は後退し、通貨危機→預金流出→経済混乱から2001年には史上最大の公的債務支払停止(デフォルト、借金踏み倒しみたいなもの)を宣言し、アルゼンチン経済は混乱を極めた。 2002年にはマイナス10%のGDP成長率を記録するも、債務の元利払いから免除されたことやその後の商品価格上昇等の恩恵にあずかり、03年は逆に8.8%のプラス成長となるなど、見事?なV字回復を果たした。 税収が乏しいにもかかわらず支出の抑制を怠ってきたことが経済危機の根底にある。 現在は高い経済成長を続けているが、エネルギー需要の逼迫や脆弱な生産設備のため、生産性を向上させない限り高成長は長続きしないとの見方もある。 一方、周辺国と比べて教育レベルが高く天然資源に恵まれているため、正しい指導者の下で地道な基盤整備を行えば南米経済の中心となりうるポテンシャルがあるとのこと。(教授談) なお、同国はデフォルトを宣言しておきながら、その後のIMFの干渉を嫌がって(デフォルト後の)債務を繰り上げ返済するなど、かなり身勝手な行動をとることがある。 デフォルトの交渉中も「全部返済しないより少しでも返ってきた方が良いだろう」と自分の立場を忘れて相手の足下を見るような図々しさがあり、交渉下手な日本が取引をするのは難しそうな気がする。 ![]() 地元企業を訪問して 最も印象に残ったのは同国最大の鉄鋼会社で、業績・設備・応対とも一流な感じがした。 中国の鉄鋼需要がアルゼンチンにまで波及しているらしく、中国特需で生産が急上昇しているとのこと。 同社は日本のNKK(現JFE)とも合弁会社を設立しているので合弁の理由を聞いたところ、「NKKはブランドネームと技術があって魅力的だが、ITシステム等は我々の方が優れていたので逆に教えてあげた。日本はオートメーション等が進んでいてハイテクに強い印象があるが、ITに関して何故あれほど幼稚なのか不思議だ。」と言っていた。 一方、スペイン系の銀行を訪問した際、彼らのリスク管理はかなりいいかげんで、資産と負債の管理(ALM)がちゃんと出来ていないんじゃないか、という印象を受けた。 国民の銀行口座保有率は50%程度しかなく(残りはイリーガルな口座)、ハイパーインフレを経験しているだけに人々は現預金保有を極力減らす傾向にあるため、この国で銀行業を営むのはかなり難しいな、とも思った。 複数の会社で「アルゼンチン人はチームワークを重んじる」と話していたけど、サッカーを見る限り「うそ~」という感じがしてならない。 あくまで周辺国と比較して、ということなのかもしれないけど。 複数の会社の敷地内に学校があり、企業がスポンサーとなって地元の子供を教育するシステムがあった。 例えばフォードでは自社工場で必要となる知識や技術を教え込み、将来の幹部候補として若いうちから育成している。 こうすることで優秀な人材を確保するとともに、長期的な成長に欠かせない地元との融和を図っているという点は感心した。 今回面会した人達は英語が出来て、それなりの教育を受けたんだろうな、という感じがした。 出てくる単語もビジネススクールで習うような単語が多く、恐らく彼らの多くはMBAホルダーじゃないかと思った。 全部で7社とミーティングを行ったけど、ちゃんとやっている会社とそうじゃない会社がはっきり分かれている感じ。 投資の観点からアルゼンチンを見た場合、個別企業ベースでは十分魅力のある会社があると思うけど、どんな会社でも多かれ少なかれカントリーリスクの影響を受けるので、最終的にはカントリーリスクをどう捉えるかという点に辿り着く気がする。 ![]() 前回書こうと思って忘れていたんだけど、海外におけるアメリカ人の振る舞いについて。 全員じゃないけど、アメリカ人は海外でも自分流を貫こうとする人が多い気がした。 例えば、朝授業に行く前にホテルのロビーで集合した時、一人がリンゴをかじりながらエレベーターから降りてきて、その次に来た奴は片手にパン、片手に飲むヨーグルトを持ってムシャムシャやりながら歩いてきた。 僕らのグループ以外で、高級ホテルの閑静なロビーで、そんな事をしている人はいない。 アメリカは食べることに対して積極的で、時にだらしなく見えることがあり、お菓子やフルーツを食べながらビジネスミーティングをやったりする事があるけど、こういうことはあまり海外ではやらない方がいいんじゃないかなと思った。 また、ある企業を訪問した時、応対してくれた人の英語があまり上手じゃなかった。 彼は我々の質問が聞き取れないことが何度かあり、その度に質問を聞き返すんだけど、質問した生徒はゆっくり・はっきり・正しい英語で話そうという気はさらさらなく、全く同じスピードでやや砕けた表現も使いながら同じ質問を繰り返しただけだった。 本来であれば訪問した我々が相手の言語に合わせるべきところ、相手がわざわざ苦手な言語で説明してくれているのである。 もう少し謙虚になってもいいんじゃないのかな。 イラクの問題などもあり、世界中で嫌われ者になりつつあるアメリカ。 世界経済がアメリカを中心に動いている今はアメリカを無視する人は少ないけど、アメリカ経済に陰りが見えてきたら・・・ 80年代後半から90年代にかけて、アメリカが不況に苦しんだ時期はアメリカ人も世界各国のベストプラクティスを研究し、朝礼などの日本企業の文化を取り入れた企業もあったらしい。 そういう事態にでもならないと、彼らは謙虚になれないのかもしれない。 もちろん、そうじゃない人も沢山いるんだけどね。 以上、アルゼンチン報告はこれでおしまい。 2007年 03月 12日
アルゼンチンは日本から地理的に遠いこともあり、サッカーが強い、パンパ(大草原)がある、程度のことしか日本では知られていないと思う。 実際、僕も殆ど知識が無く、何となく危なそうな印象を持っていたが、滞在してみて印象が変わった部分も少なく無い。 ということで、アルゼンチンについて国の概要と見聞きした印象を書いてみる。 歴史 16世紀にスペインが南米を侵攻して以来、同国の植民地となった。 その後、現地に住み着いたスペイン人の中に独立意識が芽生え、1813年に独立。 独立後の政治的混乱を経た後、楽園を求めてイタリアを中心に多くの欧州人が移住し、多くの欧州文化が持ち込まれた。(現在の人種構成はイタリア系約35%、スペイン系約29%と欧州系の民族中心となっている。) この時期、戦争需要等を背景に目覚しい経済成長を遂げ、20世紀前半には世界有数の先進国となる。 その後は軍政やクーデター等を繰り返す政治的に不安定な期間が続き、1982年のフォークランド紛争での敗戦をきっかけに、翌83年にようやく民主政権が誕生した。 街を歩いて 「南米のパリ」と呼ばれる通り西欧風の建物が多く、とてもきれいだった。 中心部は歴史的な建造物が多く歴史を感じさせる一方、好景気を背景に高層ビルがあちらこちらで建てられており、NYを思わせるような高層アパートもあった。 ![]() 路上でパフォーマンスをやっている人が多く、大勢の人が立ち止まって見ていた。 ![]() なお、ブエノスアイレスは観光の目玉のようなものが沢山あるわけではなく、1日あれば一通り見てまわれてしまう。 なので、ブエノスアイレスを観光するなら中心部観光とサッカー観戦でそれぞれ1日あれば十分で、あとはイグアスの滝や内陸部のディープな街を観光するのが良いかもしれない。 ![]() 食事 アルゼンチンといえば肉、ということでステーキハウスが多く、またイタリア系住民が約35%を占めることから、イタリアンの店も多かった。 アメリカ人と一緒に食事に行けば当然ステーキを食べる回数が多くなり、普段はステーキなんか月1回も食べないのに、6回の夕食のうち4回肉を食べた。 すると胃が肉モードになったのか段々食べる量が多くなってきて、ここに永住したら太るかなと思った。 アルゼンチン人に負けずアメリカ人も肉好きで、同級生の女性が800グラムくらいある巨大ステーキを完食し、デザートまで食べていたのには驚いた。(しかも夜中の12時過ぎに。) 治安 ブエノスアイレスの中心部に限っていえば、極めて安全だった。 NYと同じく至る所に警官が立っており、これだけいれば犯罪も起きないだろうと思わせられる。 01年の経済危機以降、通貨切下げの影響もあって観光客が増加しているらしく、治安の向上で更なる観光客の増加を狙っているのかもしれない。 しかし、高級マンションが立ち並ぶ一方で物乞いをする子供がいたり、殆どのゴミ捨て場にはゴミの中から物を持ち去る人がいた。 また、中心部を離れたボカ地区などでは治安が悪いらしく、バスの中から見た地域ではトタン屋根を石で固定したような家が立ち並ぶ地域もあり、貧富の差がNY以上に大きいのではないかと思った。 02年の経済危機時には失業率が20%を超え、貧困層が集団となって企業や商店を襲う事件が多発していたらしいが、現在は殆ど見られなくなっている。 英語 空港やホテルを除き、街中ではスペイン以上に英語が通じなかった。 日本人なら誰でも知っていそうな単語でも通じないことが多く、レストランの注文ですら苦労した。 日本人は英語が分からない時にニヤニヤして気持ち悪い、みたいな話を聞いたことがあるけど、実はアメリカ人も似たようなもので、アメリカ人の同級生がレストランで注文が通じない時に引きつった笑いで困った顔をしていたのは面白かった。 物価 5年前までは1ドル=1ペソだったのが経済危機をきっかけに1ドル=3ペソ強となったため、外国人にとって物価はかなり安い。 例えば、「高級」レストランでも500グラムのステーキが35ペソ(約1400円)、市内を走る地下鉄は75センターボ(約30円)。 余談だけど、ホテルは300ペソ(約12000円)も出せば結構綺麗なところに泊まれるのに、大学側が用意したホテルは一泊900ペソ(約36000円)とアルゼンチンにしてはべらぼうに高い所だった。 こうした費用は授業料に含まれているので、こんな事をやっているから授業料が高いんだなと実感、自費だったら絶対にこんなホテルには泊まらないだろう。 因みに、僕の滞在中にベネズエラのチャベス大統領が同じホテルに滞在していた。(彼は反米デモで演説するために来訪したらしい・・・) ![]() ホテルに関連した話で、高級ホテルだけにサービスは行き届いているんだけど、バトラー(執事)が何度も「ご用はありませんか?」と部屋に来るのがウザかった。 部屋にいる時は「邪魔すんなよ」という札を外に出してブロックしていたんだけど、飲んで夜中に戻って来たらベッドサイドのテーブルに水とコップが置かれているのを見た時はスケジュールを把握されているようで気持ち悪くなり、その後は外出中も札を出したままにしておいた。 サッカー 言わずと知れたサッカー大国で、バスから見た郊外の路上や空き地ではサッカーをやっている子供を沢山見た。 今回はボカ・ジュニアーズ対サン・ロレンゾ戦を観戦。 この試合を見た印象では欧州サッカーよりもレベルは低く、組織の欧州、個人技の南米、などと言われるが、個人技もさほど高くない気がした。 タレントを全て海外に出してしまっているせいなのか、たまたま調子が悪かったのかは分からないけど。 ![]() ボカの地元だけあってボカ側の応援がすさまじく、以前スペインで見た試合よりも応援が泥臭く、本当に地面が揺れている感じがした。 審判の地元びいきが露骨で笑っちゃうくらいボカ側の反則が見逃されていたけど、あの応援を見るとボカに不利な判定でもしようものなら審判は殺されるんじゃないか、とすら思った。 また、試合は0対3でボカの負けだったため、こいつらが暴れだしたりしないかと心配になった。 スタジアムの周辺はガラの悪そうな連中や野良犬がうろうろしていたので、混乱を避けるために試合終了の10分前くらいにはスタジアムを後にした。 以上、アルゼンチンについてのレポートでした。 他の写真はスライドショーでどうぞ。(昨日アップしたのと同じ) 思っていたよりも快適で安全、NYから直行便で10時間強(日本からだと24時間以上)なので、アメリカにいる方はブラジル等と組み合わせて一度は訪問することを検討してはいかがでしょう。 ![]() 2007年 03月 11日
今日、戻りました。 既にお気づきの方も多いと思うけど、アルゼンチンのブエノスアイレスに滞在していた。 現地は思ったほど暑くはなく、滞在中の最高気温はたぶん34℃。 NYは最近マイナス10℃まで下がったと聞いていたので、気温差44℃はどんなもんかと心配(期待)していたんだけど、今日のNYはかなり暖かいので拍子抜け。 滞在の目的は大学の授業で、一週間強を約30人の同級生と共に過ごした。 数ヵ国の中から行き先を選べるんだけど、僕は「日本から一番遠くて中々行けない」という理由で迷わずにアルゼンチンを選択。 スケジュールは、午前中に地元の大学の教室を借りて南米マクロ経済の講義(教授は地元の人)、ランチタイムと午後は地元企業の人とディスカッションを行う、というもの。 単位(ハーフクレジット)が取得できるということで試験があるし、後日レポートを提出する必要もある。 とは言え、通常の授業に比べれば負荷は軽く、夜はほぼ毎日飲みに出かけていたので、勉強よりは遊びの要素が強い楽勝なコース。 ただ、昼間の時間は拘束されているので観光する時間が無く、写真を撮るのも難しい・・・ ということで、プログラムが始まる前日に現地入りし、一日だけ観光してきた。 感想めいたことは後日書くとして、今日は写真だけアップ。 ブエノスアイレスの写真(←音が出ます) ※後半の企業の写真は授業の一環で訪問した企業(工場)です。 2007年 03月 07日
ここは肉が主食らしいので、ステーキを食べてきた。 セットメニューで大きさを選べず、出てきたのがこれ。 ![]() 分かりにくいけど、フォーク(メインディッシュ用)と比べるとその大きさが分かるかな。 500グラムあるらしく、これが標準サイズとのこと。 しかも、サラダやら何やらが5種類くらい出てきた後に。 仕方が無いから果敢に挑戦。 ![]() ・・・惨敗。 小食の僕にしては結構がんばったんだけど。 おかげで、後から強烈な胃もたれで苦しむことに。。。 ところで、以前関西に住んでいた時によく見たCMで、着物姿の鶴瓶が「いま、お肉呼ばれてきたの、お・に・く」というやつがあったんだけど、これって何のCMだったっけ・・・ 焼肉かしゃぶしゃぶだったと思うんだけど。 思い出せなくて気持ち悪いので、ご存知の方がいらしたら教えてください。 (注)遊びに来たわけではありません。 < 前のページ次のページ >
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