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ニューヨークの生活、MBA、仕事・・・
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指標の意義

最近はあまり見なくなった日本語のフリーペーパーを久しぶりに見ていたら、ある広告に目がとまった。
「NYベスト1の北京ダック店」
確かこの広告は渡米した3年前からデザインが変わっていないなー、と思うと懐かしくなった。

ところで、「No.1」とか「Best」という表現を使った広告を見る機会は日本よりもNYの方が多い気がする。
うちの近所にも「The Best in the World」という看板を出している、殆ど客のいないホットドッグ屋がある。
まじめな日本人の中には「誰がNo.1だって決めたんだよ」とか「グルメ雑誌のランキングとかでNo.1になった店だけが使える表現じゃないの」と思う人もいるだろう。

このことについてアメリカ人に聞いたことがあるんだけど、彼の答えは「本人が世界一だと思っているんだからいいんだよ」とのこと。
「Zagat(レストランガイド)で1位」と書くとウソになるけど、「○○で」という対象を特定しない形での1位や、「一番おいしい」みたいに「一番」の判断が主観的なものである場合にはOKらしい。
そう言えば、リアリティ・ショーのApprentice(Season1)では、「コンビニで買った粉末のレモネードを水で溶いたもの」を街頭で売る時に「NYでNo.1」と宣伝していた。

でも、アメリカ人に比べれば控えめな日本人的には、何か客観的な指標で1位にでもならない限り、自分の店の広告に「No.1」と書く勇気のある人はあまりいないだろう。
そういう意味では、日本で「No.1」という広告を見ればそれなりの「意味」を持っているんだろうけど、アメリカの「No.1」や「Best」はあまり意味が無いんだと思う。


こういう「意味の無いNo.1」が氾濫していることが影響しているのかどうかは分からないけど、アメリカ人は「客観的な指標」をかなり重視しているような気がする。
今の大学では企業の役員などゲストスピーカーの話を聞く機会が頻繁にあるけど、最初の経歴紹介では「○○賞を受賞した」とか「大統領の経済チームの一員だった」みたいな部分をやたらと強調している気がする。
中でも「大統領の」というのは特に重要らしく、「President ... of the United ... States」と普段は早口なくせに、この部分だけはやたらとタメて発音している。
僕が参加しなかったゲストスピーカーの講演について他の生徒に聞いても、スピーカーについての印象で最初に出てくる言葉はこういう客観的指標であることが多い。

これには移民国家の多様性が関連しているのかもしれない。
人種・環境・教育・思想など似通った部分の多い日本と比べると、多様性の国アメリカではお互いを理解するのが難しいので、誰もが理解できる客観的指標の位置づけが日本よりも高いのでは。
考えすぎかな。。。


一方、この客観的指標にも「ランク」があって、前述の「大統領・・・」のように誰もが理解できるような指標から「何だそれ?」みたいなものまで色々ある。

例えば格闘技の試合では、聞いたことも無いような団体のチャンピオンがゴロゴロいて、ヘタすると出場選手全員が何らかのチャンピオンなんじゃないかと思うことすらある。
格闘技好きな人なら「WBAチャンピオン」(いわゆる世界チャンピオン)と「XYZチャンピオン」(存在自体が怪しい団体のチャンピオン)の違いは分かるけど、格闘技に興味が無い人にとってはどっちがすごいのか分からないだろう。
「XYZチャンピオン」と名乗る人の狙いはそこにある。

日本でもアメリカでも「ダイエット効果No.1」とか「○万人が認めた効果」みたいな広告に釣られて大金を騙し取られたり体を壊す人がいるみたいだけど、こういう人たちは「XYZチャンピオン」のインチキ臭さを理解できない人と同じだと思う。
美容整形、健康食品、金融商品・・・自分が理解できないものには手をださない、或いは理解できる人の知識を借りる、という防衛手段を取らないと、「あの選手はXYZチャンピオンだから強いはず」と信じてしまうことになる。
あるある大事典を見て納豆をドカ食いした人は要注意ですよ。

更に言えば、「格安」とか「好評」といった「検証が難しい曖昧な言葉」も同じこと。
前述の略歴紹介の例で言えば、「優秀な成績で卒業」とか「上位入賞」、「チームで重要な役割を担った」といった言葉はポジティブな印象を与えるかもしれないけど、下線部分の解釈の幅はかなり広い。
「全国大会3位」とか「リーダーを務めた」という具体的な表現を避けている時点でそれ未満のものであることは間違いなく、ひょっとしたら「上位=10人中の5位」とか「重要な役割=ただメンバーに名を連ねただけ」かもしれない。
この点はビジネススクールに提出した履歴書・エッセイを書く時にかなり神経を使ったので、その後はこういう表現を見ると「具体的に書くほどのモノは何も無いのね」と冷めた目で見るようになった。


ということで、客観的指標の無いNo.1はもちろんのこと、客観的なNo.1の中にも意味の無いものが含まれているので、表面的な指標に惑わされず本質を見極める目を養わなくてはいけないね。
なんて言いながら、「NYベスト1の北京ダック店」に一度は行ってみようと思っている。(ハズレてもダウンサイドは小さいからw)


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by nycyn | 2007-04-10 12:49 | 雑感