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世界の宗教と戦争講座 ②

前回の続き。

第2章からは各宗教の説明になるんだけど、その前に、作者が何度も参照している「神様」の取扱いについても触れておく。
なお、前回も書いたけど、著者の見解は若干偏っているため以下の内容が正しいというわけではなく、あくまで一つの考え方として紹介している。

キリスト教では「三位一体説」を採用して「神、神の子、聖霊」という三つのものを一体として捉えるのに対し、ユダヤ教とイスラム教では「神」のみを信仰の対象としている。
ユダヤ教では「神」を「エホバ」と呼び、唯一神であるエホバがユダヤ人を救ってくれると信じているため、自分は「神の子」だと主張するイエスを偽の救世主(詐欺師)だと解釈し、イエスを十字架にかけて殺してしまうのである。
イスラム教では「神」を「アッラー」と呼ぶが、このアッラーはユダヤ教の神エホバと同一のものである。
イスラム教ではイエスの存在は認めているものの信仰の対象とはなっておらず、アッラーの言葉をムハンマド(マホメット)が述べたという解釈をしている。

年代順で言えば、ユダヤ教が最も古く、彼らは神との契約を最初に交わしたと解釈することから「旧約聖書」を用い、キリスト教はイエスを預言者と解釈して新たに神との契約を結んだ、との立場をとることから「新約聖書」を用いている。
そして、ユダヤ教やキリスト教の考え方が成立した後にイスラム教が出現した。
だから、イスラム教の立場からすれば、ユダヤ教やキリスト教はイスラムの教えが出現する前の「不完全な宗教」であり、逆にユダヤ教の立場からすれば、キリスト教やイスラム教は「後から余計なものを追加した宗教」ということになる。

これら三つの宗教は自らが信じる神、及びその教えを唯一絶対のものとするため他の宗教を認めることは出来ず、この排他性が多くの災いをもたらしてきたのである。


2.ユダヤ教

ユダヤ教には「選民思想」があり、ユダヤ人は「自分たちだけが神の手によって救われる」と考えている。
選民思想というと「エリート意識」のように考えてしまいがちだが、そうではない。

ユダヤ人は非常に優秀な民族だが、政治的・軍事的能力は決して高くなく、数千年前の過去から何度も亡国の憂き目に遭ってきている。
しかし、こうした苦難の歴史を経ても彼らには選民思想があり、自分たちだけが最後は救われると信じていることから、国を失って他国に占領されたり世界各地に移り住んでも、ユダヤの文化や信仰を失うことは無かった。
ニューヨークの街中では、カールした長いもみ上げの伝統的ユダヤ人スタイルの人をよく見かける。
黄色いスクールバス(≒幼稚園バス)の中に伝統的スタイルのユダヤ人(大人)がギュウギュウ詰めで乗っているのを見たときはギョッとした。
彼らはKosherと呼ばれる厳格な要件を満たした食べ物(シーフードはヒレと鱗があるものだけ、とか)しか口にせず、Kosherのマックがあるくらい。
また、宗教と関係あるかどうか知らないけど、近くを通るとちょっと「臭う」人が多い。

金曜日の夜から土曜日にかけては安息日のためユダヤ系のお店は休みになり、その間はエレベーターにも乗らないことから、厳格なユダヤ教徒はマンションの高層階には住まないらしい。(リアルターである同級生談)
これらを見ていると「合理的じゃない」と思ってしまうのだが、ニューヨークでユダヤ人が確固たる地位を築いているのは間違いなく、彼らのアイデンティティの強さに感心する。
もちろん、ユダヤ人にも信仰の温度差はあり、僕のクラスメートであるユダヤ人の信仰レベルはかなり低そうだ。(そもそも安息日である金・土に授業があるプログラムに通ってるし。)


こうしたユダヤ人のアイデンティティの強さは、他国にとってある種の「不気味さ」につながる。
また、前述の通り、キリスト教からみればユダヤ人は「イエスを殺した民族」であるため、ユダヤ人はキリスト教社会から強烈な差別を受けることになる。

これが極端な例として出たのが、ナチス・ドイツによるホロコーストである。
キリスト教社会ではホロコーストを残虐な事件として捉えつつも、潜在的にユダヤに対する差別意識があるため素直に謝罪することが出来ず、キリスト教の本山であるバチカンは、戦後50年以上経った2000年になってようやく「ホロコーストを傍観した(阻止しなかった)ことは間違いであった」と認めたものの、未だに謝罪はしていない。
それ程、キリスト教世界におけるユダヤ人差別は根深いのである。

厳しい差別に加え、国籍を持たなかったユダヤ人はまともな仕事に就くことができず、(中世ではまともでは無かった)金貸しのような仕事に従事することとなり、これが「高利貸し」として更なる悪評を招いてしまうのである。
また、国籍を持たなかったユダヤ民族は国籍をあまり重視しないため、ジャーナリズムや法律、芸能といった国際的に活躍するジャンルで現在は絶大なる力を持っている。

こうした苦難の歴史を経て20世紀にようやく悲願のイスラエル建国を成し遂げたユダヤ人は、数千年越しに獲得した国家を守るべく、強烈な領土主義者になったのである。
宗教に関心の低い立場からすると、こうした「宗教的な拘り」を理解するのはとても難しい。
事実上のキリスト教国家であるアメリカでも、人々は神が創ったという立場を尊重するあまり、ダーウィンの進化論を学校で教えることを禁止しようという動きがあるし、前ローマ法王はコンドームの使用を認めなかったため、アフリカにおけるエイズ拡大に拍車をかけたという意見もある。(今後は限定的に緩和されるらしい。)
でも、これらは「理屈」ではなく「教義」なので、もしかしたら彼ら自身も合理的な説明は出来ないのかもしれない。
宗教上の教義と現代社会の現実を上手くバランスさせていくことは出来ないものか・・・難しいんだろうな。


と、今日はここまでにして、キリスト教はまた今度。
これから自宅で持ち帰り期末試験・・・、何時間かかるんだろ。

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by nycyn | 2006-12-12 11:10 | 雑感