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ニューヨークの生活、MBA、仕事・・・
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2学期に向けて
既に2学期は始まっているけど、今更ながら抱負みたいなものを書こうと思う。

きっかけは1学期の成績が返ってきたこと。
成績をブログに書くことには賛否両論あると思う。
他のブログでは「良かった/悪かったという印象を与えつつ、自慢だと思われたくない/恥を晒したくないから具体的には書かない」といったものが多い気がする。
そういう考え方も尊重するけど、僕だったら「具体的な結果を知りたい」と思うし、受験を考えている方も見てくださっているようなので、敢えて具体的に書くことにした。

成績は4段階で、H(Honor、上位20%)、HP(High Pass、中間60%)、LP(Low Pass、下位20%)、F(Fail、不可)。
僕の1学期の成績は、会計・統計・経済がH、リーダーシップがHP、だった。
もしかしたら、僕の人生の中で最も良い成績かもしれない。
リーダーシップはプレゼンテーションが成績の大きな部分を占めるからLPかと思っていたけど、HPは僕にとって上出来だと思う。

これまで成績を気にしたことはあまり無かったけど、今回は気になっていた。
なぜなら、「良い成績を取るための」努力をしたから。

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僕はこれまで、まじめに勉強した経験があまり無い。

小学生の時は勉強したことなど一度も無く、成績は殆どが5段階評価の3。
クラスの1/3が日能研のNカバンを持って塾へ通う地域に住んでいながら、僕はサッカーの練習のため、彼らとは逆方向の電車に乗っていた。
彼らのことをかわいそうにと思う一方、彼らは色々な知識を詰め込んでるかもしれないけど、サッカーで敵味方のポジションを頭に入れながらボールをもらって瞬時にパスを出すような、考える能力は無いんじゃないか、と傲慢にも思っていた。

中学では部活(テニス)中心の生活で、試験前に少しだけ勉強する以外は殆どやっていなかった。
「成績が上がったらステレオを買ってやる」という親父のエサにつられ、初めてちゃんと勉強したら成績は上がった。
でも、成績を上げてどうするんだ、とも思っていた。

高校は僕が住んでた地域では進学校と言われるところに行ったけど、放課後と週末は部活をフルにやっていたから、やはり試験前しか勉強はしていなかった。
我が家では「(良い)大学へ行けプレッシャー」は皆無だったこともあり、「とりあえずどっかの大学に行っとこうかな」くらいにしか考えていなかった。
高3の夏に部活を引退してからしばらくの間真剣に勉強してみたら、成績は上がった。

大学に関しては、浪人や私立を想定していなかったから敢えてリスクを取って難関大学に挑戦しようとは思わず、安全パイを選んだ。
大学での生活は充実していて、この大学を選んで良かった、と思った。
ある程度の自立を認められながらも無責任な大学生という立場が心地よく、大学やバイト先などで今まで出会ったことのないタイプの人と交流して刺激を受け、多少の悪いこともして、部活中心だった中学・高校時代とは全く違う世界を見ることが出来た。
あまり勉強はしなかったけど、人間としての幅が広がったような気がした。

社会人となり、先輩や上司に恵まれ、こういう人になりたい、こういう人と一緒に働きたい、という刺激を受けた。
給料がどうこうではなく、ハイレベルかつ良好な人間関係の中で働くことが僕のモチベーションとなった。


こうして振り返ると、「良い成績を取ることの意義」というのは、より高いレベルの組織に属するチャンスを高め、そこで良い「刺激」を受けて自分を成長させる、ということなんだろうと思う。
以前はお受験戦争をバカにしていたけど、子供がさらされる刺激の量を増やすための親の努力と考えれば納得はいく。
もちろん、その刺激を活かすかどうかは自分次第だけど。

僕は長い間、この刺激に対して無頓着だった。
僕の刺激に対する感受性が違っていたら、僕はどういう人物になっていたんだろう、と考えることがある。
これまでの道のりに後悔は無いけど、社会人になってから異なる自分への可能性について考えるようになった。

だから、ビジネススクール受験中は「より高品質な刺激を得られるであろうレベルの高い大学へ行きたい」と思い、渡米時の英語力がゼロだった僕は死ぬほど勉強した。
仕事と睡眠以外の大半の時間は勉強していた。
大学から合格の電話があった時、会社の会議室で人知れず1メートルくらいジャンプした。

そして1学期が始まり、受験の時と同じように「良い成績を取るために」真剣に勉強した。
だから、結果が気になっていた。
そして、予想以上の結果を得た。


でも、釈然としない。

受験中の勉強・試験結果は合格へとつながったけど、1学期の成績は何につながるんだ?

試験で良い点数を取るためには、(僕にとって)本質的な勉強ではない部分でも努力しなければならない。
だから、良い成績と、必要な知識を身に付けることが、必ずしもリンクしているとは思わない。
やっとの思いでTOEFL280点とっても、クラスメートとの会話についていけない僕の英語力がそれを証明している。

時間にゆとりのある (誤解を招く表現につき修正) スクールワークに集中できるフルタイムの学生ならまだしも、時間に追われる僕の今の生活の中で、仕事や生活を犠牲にしてまで良い成績を取る意味ってあるのかな?
勉強・仕事・生活、全てのバランスを取りながら良い成績も確保できれば理想だけど、残念ながら僕にそのような能力は無い。

1学期の期末試験が終わってからずっとこの問いへの答えを考えていて、成績が判明しない中で2学期が始まったため、すっきりしない気持ちでいた。
そして、成績が返ってきて、僕が出した答えは "NO"。

Hが並んでいるのを見れば気持ちいいけど、ただそれだけのこと。
僕が定義する前述の「良い成績を取ることの意義」に照らしてみれば、この成績が次のステップにつながらない以上、僕には何の意味も持たない。
じゃあ、何であんなに勉強したんだろう・・・。

僕は受験を通じて、小学校の時に「かわいそうに」と思っていた勉強マシーンになっていたのかもしれない。
そういう人生を送ってきた人にとっては違和感が無いかもしれないけど、僕は自分がそうなっていくことに対して気持ち悪さを感じている。
勉強マシーンに慣れていない僕がそうなると、本当に勉強すべき事とそうではない事の判別が出来なくなってしまう。
勉強マシーンは受験までで十分だと思う。
伸びきった弾力の無いゴムにはなりたくない。

もちろん、2学期以降も勉強すべきことはちゃんとやるつもり。
ただ、心構えとして、そこまで成績にこだわらなくてもいいかな、と思う。
良い成績を取るためだけの勉強はやめよう。

あまり肩肘張らず、適度に息抜きをしながら本来の自分のスタイルを取り戻していきたい。


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by nycyn | 2006-05-23 20:50 | MBA