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2007年 10月 17日
近々、日本へ帰国することになりました。 NY生活の最後にあたり、3年半を振り返ってみたいと思います。 僕は2004年の春に渡米し、米国の金融に関連する仕事をしてきました。 当時、日本経済は長期低迷から抜け出せておらず、その前年には長期金利が0.5%まで下がる異常な状況でしたので、伝統的な投資活動に携わる人にとっては辛い時代でした。 一方、米国経済はドットコム・バブルの後遺症から立ち直り、日本とは対照的なその力強さが印象に残っています。 かかる状況下、米国にて金融の最先端を走る超一流の人達と一緒に仕事をする機会を得て、米国経済のダイナミズムを肌で感じることが出来たのはとても幸せでした。 僅か数年で全てを理解・会得することは到底不可能ですが、日本企業にとって学ぶべき点が多くあることは理解できたと思います。 また、偶然ではありますが、クレジット関係の混乱からM&A活動が下火になった時期に帰国が決まったのも、僕にとっては良いタイミングだったと思っています。 今後は、このような時期に米国に身を置いた者として、それを何らかの形で日本経済発展のために役立てて行きたいものです。 ビジネススクールへの留学も得難い経験となりました。 外国人と接する機会が少なかった僕にとって、ビジネススクールでの出来事は全てが新鮮で刺激に満ちたものでした。 彼らが何を考え、どのような価値観で働き、米国企業では何が行われているのか、好不況の波の中でどのように対処してきたのか、これらを理解するヒントは得られたと思います。 ファイナンスを中心とした知識は当然重要ですが、授業以外で同級生との交流を通じて得られたものも少なくなかったと感じています。 仲の良かった同級生とは卒業後も食事をし、今後も続くであろう友情を確認することが出来ました。 帰国後は彼らと会う機会が少なくなりますが、彼らが仕事やプライベートで来日する機会もあるようなので、その時に少しでも成長した自分の姿を見せられるよう努力したいと思います。 一方、仕事や留学を通じてNYのマイナス面に触れる機会も多々ありました。 渡米当初はそうした事に腹を立てることもありましたが、徐々に善悪合わせてNYなんだと考えることが出来るようになり、その後はNYでの生活がとても楽しくなりました。 また、月並みですが、NY生活を通じて日本の素晴らしい面を再認識するに至り、日本人としてのアイデンティティをより強く持つようになりました。 僕は30歳を過ぎてから渡米しましたが、もっと早くにこのような経験をしていたら人生が変わっていたかもしれないと思う時があります。 米国に限らず、異国での生活・勉強・仕事に興味のある方は可能な限り早い段階でそれを実現されることをお勧めします。 その結果、米国を永住の地に選んだり二度と訪れたくないと思ったりするのは人それぞれだと思いますが、いずれにしてもその判断は早い方が良いと思います。 僕の場合は少々遅かったとは言え、このような機会に巡り合えたことに感謝しています。 生活面においては必然的に仕事と大学が中心となりました。 特に渡米後の1年間はプライベートの時間を楽しむ余裕は無く、1ヵ月間、週末も含めて職場とアパート以外の場所に行かないこともありました。 それでも、日本では大学受験を含め真剣に勉強をした事が殆ど無かったので、これも良い機会だと思って仕事と勉強に集中することにしました。 長い人生における僅か数年間だと割り切ることでストイックになれたんだと思います。 一方、大学入学後はしばらく苦労したものの、余裕が出てきた後半は私生活も徐々に充実してきました。 ブログを始めたのはその頃です。 この段階になると、仕事が終わってから自宅で勉強することも苦にならなくなりました。 一時期、勉強に集中できるフルタイムの留学生を羨ましく思うこともありましたが、職場に籍を残すことで得られるメリットを肌で感じられるようになったことで、気持ちに余裕が出てきたように思います。 最近はゴルフにはまり、昨年までの通算ラウンド数以上をこの数ヵ月間でやりました。 仕事や勉強もそうですが、何事も集中して取り組む期間が無いと実力はつかないものだと思います。 当初の想定ほどスコアは向上しませんでしたが、仕事でゴルフをする機会があっても相手に迷惑をかけない程度には上達したと思います。 帰国することが決定的となってからは、ゴルフ以外にも色々やりました。 今更ながらNY観光をしたり旅行したり、仕事も大学もありましたが時間を惜しんで楽しい事を優先してやりました。 遊びすぎという批判の声も聞こえてきそうですが、仕事や勉強に集中する期間がある一方でこういう時期があっても良いと思っています。 ブログについては、結構な時間を割いて投稿してきました。 始める前は拙い文章を人目に晒すことに抵抗がありましたが、次第にそうした感覚も無くなり、便利なコミュニケーション手段として投稿を楽しむことが出来ました。 「仕事や勉強があるならブログなんか書くなよ」とか「実はヒマなんじゃないの」という事を言う人もいましたが、忙しい中で書くからこそ得られるものがあると信じて続けてきました。 当ブログ最初のエントリーにおいて、ブログを始める目的を3つ書きました。 ①せっかくNYに住んでいるので、その時々に感じたことを文字として残しておきたい。 ②ブログのネタを探す習慣により感性が豊かになる? ③交流関係が広がる?? ②は良く分かりませんが、①と③の目的は達成できたと思っています。 特に、ブログを通じて得られた友人と過ごした時間は、僕のNY生活後半において大きな位置を占めていました。 いつの間にか Salon de New York なるコミュニティが形成され、ゴルフや食事で楽しい時間を過ごすだけではなく、お互いの仕事の話を通じて刺激をもらったりもしました。 また、遠方に住む方ともブログを通じてお知り合いになり、彼らの出張等に際してNYでお会いする事もできました。 そして、ブログとは関係の無い友人も加わり、人の輪は更に広がっていきました。 こうして得られた友人は僕の財産であり、今後も変わらぬ交友関係を続けていければと思っています。 なお、ブログは帰国を機に終了し、本日が最後の書き込みになります。 理由は、前述の通りブログのテーマがNYだったこと、NYに関連しない文章や写真によるエントリーで読者の興味を引くことが自分に出来るとは思えないこと、時間的なコストが無視できないこと等、これらを考慮して決めました。 継続することによるメリットもあるとは思いますが、ブログはあくまでNY生活の一ページとして区切りを付けたいと思います。 帰国後は新しい分野での仕事を開始することになります。 約10年間に亘って携わってきた金融の世界から離れるわけではありませんが、これまで以上に創造的な仕事に期待と不安が交錯しています。 また、ビジネススクールでの経験・知識を活かし易い仕事でもあり、少なからず海外出張もありそうです。 これまでとは違った意味で忙しい日々を送ることになりそうですが、仕事に忙殺されることなく久しぶりの日本での生活を楽しみたいと思います。 最後に、当ブログをご覧頂いていた方にはとても感謝しています。 僕は三日坊主タイプではありませんが、早々にブログを止めるとしたらネタ切れか誰も読んでくれなくなった時だと思っておりました。 今まで続けてこられたのは読者の方々からアクセスやコメントを頂いたおかげだと思います。 いつか、どこかで、お会いすることがあるかもしれませんね。 そんな期待を抱きつつ、NewYorkScenery を終了させていただきます。 どうもありがとうございました。 nycyn ![]() 2007年 10月 16日
過去ブログに載せた写真に少し追加してスライドショーを作りました。 全て音楽付きです。 ニューヨークの空(昼) ニューヨークの空(夕) ニューヨークの空(夜) ニューヨーク生活(1) ニューヨーク生活(2) ニューヨーク生活(3) プラハ・ウィーン・ザルツブルグ アルーバ ブエノスアイレス アンギラ・セントマーチン 2007年 10月 13日
今回はベルベデール城から更に北上。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() この後、このまま坂を上って通っていた大学へ。 30℃を超える猛暑の中、地下鉄を降りた53丁目から116丁目まで直線距離で6kmくらい、蛇行しながらだったので7~8kmを3時間かけて歩いた。(東京~新宿くらいか) 普段ゴルフ場で歩いているとは言え、結構疲れた。。。 それにしても、やはりセントラルパークはでかい。 全部見てまわるなんて到底不可能だ。 今回は この辺り の写真。 (おしまい) 2007年 10月 12日
今回はシープメドウから北上。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 今回は この辺り の写真。 (続く) 2007年 10月 11日
最近はすっきりしない日が多く、気温も湿度も高めで透き通った青空を見る機会が殆ど無い。 こういう天気の時に写真を撮ってもイマイチな事が多く、少しでも露出が合わないと空の色がどんよりしたり真っ白になったりするので、何度も撮り直す必要あり。 普段はテキトウに撮っても綺麗な空の色が出せるNYとは違い、東京で空の写真を撮っている人はさぞかし大変だろう。 先週末も空一面にガスがかかったような天気だったのだが、それでも最近にしてはマシな方だったので、セントラルパークを散歩。 実はセントラルパークには数える程しか行ったことがないので何処に何があるのか分かっておらず、地図も見ずに思いつきでだらだらと歩いてみた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 今回は この辺り の写真(右下から左上へ)。 (続く) 2007年 10月 09日
NYの郊外に Woodbury Common という大規模なアウトレットがある。 出店数は約220にのぼり、GucciやFendiといった僕には縁の無いブランドからGapのようなメーカーまで色々ある。 そんなウッドベリーに先日行ってきた。 過去に数回行ったことがあるのでどこに何があるかは大体分かっていて、サイズ的に対象外だったり好きじゃない店には入らない。 だから見てまわるのはせいぜい20店くらいで、お気に入りはバーニーズやブルックス・ブラザーズ、その他ナイキやプーマなどのスポーツメーカー。 アウトレットというだけあって置いてある商品は30~70%引きくらいで、たまにタイムサービスをやっていることもある。 今回は初めてフェラガモの靴を買った。 僕の足は幅広・甲高という典型的な東洋人の足なので洋モノは合わないと決め付けていたんだけど、先日飲んでいる時に友人に強く勧められたこともあって試着してみたら、通常の幅(D)に加えて幅広タイプ(EE)もあって結構いい感じ。 その友人曰く「皮が柔らかくて徐々に自分の足の形に馴染んでいく」らしいので、履き慣らしていくのが楽しみ。 アメリカの紳士服・靴では僕のサイズは下限に近いので気に入ったものがあってもサイズが無いことが多いけど、今回は運良くぴったりのサイズがあって良かった。 ![]() ウッドベリーでよく見かけるのが、アジア人女性の集団である。 中国人や韓国人に加え、日本人女性の姿もちらほら。 コーチのような日本人に人気のところは店内で日本語が飛び交っていて、日本人の店員もいるらしい。 観光客っぽい人も沢山いて、中にはスーツケース持参で高級ブランドのバッグやルクルーゼの鍋をその中に大量に詰めて帰っていく人もいる。 彼女らの会話を聞いていると、「特別コレが欲しいわけじゃないんだけど、日本で買うより安いから買っておく」という価値観を持った人が多い気がする。 個人的には「いくら安かったとしても、それ程欲しいと思っていないなら買わなくてもいいじゃん」と思うんだけど、ウッドベリーにいる人たちはそうでは無い人が多いようだ。 個人差はあるんだろうけど、一般的に女性が買物をする時は男性よりも「おトク感」を重視しがちだという話を聞いたことがある。 実際に得する訳じゃなくても「おトクな感じ」がする商品を目にすると、経済合理性の観点からは?であってもおトク感に釣られて買ってしまうことがあるらしい。 この日はやたら暑かったので木陰で休んでいたら、日本人女性の4人組が全員コーチの袋を持って歩いているのを見かけて、そんな事を思った。 ![]() 2007年 10月 02日
ミュージカルはあまり見ないんだけど、先日久しぶりに行ってみた。 初めてのやつを見ても良かったんだけど、渡米直後に見たミュージカルをもう一度見てみるとどんなもんかと思い、Mamma Mia を選択。 3年半前は英語を殆ど聞き取ることが出来ず、ストーリーは理解できるものの実際は歌と踊りだけ「眺めた」という感じだったのだが、さすがに今は楽勝だろうと思って聞いてみると、半分くらいしか聞き取れなかった。。。 こんなもんか、いや、これではまずいのか…、まあ、これが現実なんだろう。 ストーリーは変わっていないものの出演者はほぼ全員変わっていたので、見終わった時の印象は少し違うものだった。 母親役の歌が前回より良かったり、男性の歌がイマイチだったり、主役の女性がちょっとデ○だったり… いずれにしても、同じミュージカルなのに演じる人によって結構違うんだなと思った。 また、僅か3年で殆ど総入替えになる世界の厳しさも実感した。 時の移り変わりは速いもんだ。 ![]() 今日の昼間、銀行に行った帰りにビジネススクールの同級生に偶然会った。 彼の職場はこんな場所じゃないはずなのに何で?と思って聞いてみると、うちの隣のビルに入っている会社に転職したとのこと。 彼は元々医療系の会社で働いていたのだが、今は製薬会社等へのファイナンシャル・アドバイスを行う会社にいるらしい。 専門である医療系の知識にビジネススクールで学んだファイナンス系の知識をプラスし、早速それを活かせる職を得たというわけだ。 そう言えば、彼は一貫してファイナンス系のクラスを受講していた。 その計画性、機動性、行動力には感心するばかり。 8月くらいから他の同級生からもメールアドレス変更のお知らせがちょくちょく届いている。 転職に伴ってこれまで使っていた会社のアドレスが使えなくなるので、新しい会社のメールアドレスを通知するのが目的。 みんなすっかり新しい会社の人になっていて、先日もある同級生から「新しい会社で日本の会社と一緒に仕事をするんだけど、○○って日本人的にどう思う」みたいなメールが届いた。 卒業式からまだ1ヵ月もたっていないのに、彼らと話していると時間がすごいスピードで流れているように感じる。 転職する予定は無いけれど、今日会った彼のような話を聞くと良い刺激になる。 ゴルフのヘッドスピードを上げる事には余念が無い僕だけど、時の流れのスピードにも置いていかれない様にしたい。 ![]() 2007年 09月 25日
最近は仕事関係でドタバタしているのだが、週末のゴルフは欠かさずやっている。 昨日は8月にもプレーしたBethpageに行った。前回、午前6時に到着したのでは遅いとの教訓を活かし、4時に家を出て5時前に到着。 駐車場の決められた場所に到着順に車を停めて整理券をもらうという変わったシステムになっているんだけど、朝5時の時点で100人以上が並んでいた。 徹夜組も結構いるらしい。 今回の目的は2009年のUSオープンゴルフの会場となるBlackコースでプレーすること。 ところが、順番がまわってきて予約画面を見てみると、Blackコースは既に10時以降のスタートしか空いていない。 4時間も時間を潰すのは嫌なので、午前中は別のコースでプレーして午後にBlackコースでやることにした。 ということで、7時前にYellowコースでプレー開始。 YellowはBethpageにある5つのコースの中では一番簡単なコース。 アップダウンが少なく殆どのコースがまっすぐなので、朝日を浴びながら楽々とプレーすることが出来た。 早朝スタートなので前の組が遅くて待たされる事も無く、たぶん最短記録となる4時間弱で18ホールを終了し、スコアは91。 ![]() ゆっくりと昼食を取り、目当てのBlackコースは1時にスタート。 このコースはゴルファーの間ではかなり人気で、難易度が高いことでも有名。 レギュラー・ティーでも全長6684ヤード、レーティングは73.8という、これまでに経験したことのない難関コース。 特徴としては、ボールの落とし所に嫌らしく配置される無数のバンカー、深いラフ、そして457ヤードあるミドルホールなど長い距離だ。 そんなBlackコースでの出来はどうだったかと言えば、惨敗… まずは、バンカー。 ティーグラウンドから200~300ヤード地点には例外なくバンカーがあり、ドライバーをちょっとでも曲げると必ずバンカーに捕まるようになっている。 また、グリーン周辺は必ずバンカーで囲まれているので、ふわっと上げてぴたりと止めないとバンカー間を往復することになってしまう。 背丈よりも深いバンカーも沢山あり、僕は同じバンカーで6回も打つ羽目になった。。。 ドライバーで距離を稼いで2打目の距離を短くしたがるプロの気持ちが初めて実感できた。 ![]() そして、ラフ。 コース随所に小麦畑のような草ボウボウのラフがあり、ここに打ち込むとボールはまず見つからない。 また、短いラフでも10cmくらい長さがあってびっしりと密に生えているので、打った時の感触が激しく重くて距離も出ず、だからと言ってロングアイアンを使うとそもそもラフからボールが出ない。 ![]() ということで、スコアは恐らく自己ワースト5に入る119。 また、既に1ラウンドしていたことに加え、Blackコースは乗用カート禁止なのでアップダウンの激しいコースを手引きカートを引きながら歩いたこともあって、後半はバテバテ。 2ラウンド目にBlackコースを選ぶなんて愚かな真似はしない方がいいだろう。 2年後のUSオープンゴルフではプロがこのコースでどのようにプレーするのかを見るのが楽しみだ。 ![]() 2007年 09月 18日
この週末は泊まりでのゴルフ合宿。 場所はニュージャージーにある Crystal Springs というリゾート施設で、NYからは車で2時間くらい。 土曜日の昼前に出発し、午後2時半から Wild Turkey というコースでゴルフ開始。 ここで問題が…、とにかく寒い。 この日はNYでも急に気温が下がったらしいけど、僕らが行った場所は冬はスキー場になる山なので標高が高く、強風も手伝って体感気温は多分10℃前後だったと思う。 そんなことは露知らず、僕らは殆ど下調べもせずにやってきたので、全員短パン姿。 遠くに山を臨む絶景のゴルフコースだったけど、そんな景色は目に入らないほど寒く、ゴルフ用ではない上着を着つつ震えながらプレーすることになった。 スタート時間が遅かったので18ホール全部プレーできるか微妙だったけど、後半は駆け足でまわったこともありボールが見えなくなるギリギリの時間帯でホールアウト。 調子はまあまあで、スコアは震えながらやったにしては及第点の98。 ![]() 日曜は同じリゾート施設内にある Great Gorge というゴルフコース。 昨日に引き続き気温は低いんだけど、風があまり吹いていなかったので途中からは半袖でプレーできた。 池が見事に配置されたこのコースも昨日に負けず劣らず美しく、ゴルフをしなくても景色だけで楽しめそうな雰囲気。 GPS付きのカートも快適でコースは文句なしだったんだけど、この日の調子は最悪で、スコアは数年ぶりとなる111。 昨日3時過ぎまで飲んでいたからかな… ![]() ところで、今回の目玉はゴルフではなく、期せずして幹事Y君の独壇場となった。 某弁護士先生の送別企画ということで、進んで幹事役を買って出たY君。 たかが一泊なので僕の荷物は小さいリュック一つだったけど、Y君は大きなバッグを二つも抱えて張り切って登場。 何だ?ネグリジェでも持ってきたのか? 僕がレンタカーを借りて運転することになっていたので、事前に Google Map で経路検索をして地図を準備。 Y君も気を利かせて同じようにオンライン地図をプリントして持ってきてくれたのはいいんだけど、小さすぎて道路の名前すら確認できない。 経路は暗記していたものの途中で念のため助手席に座ったY君に道順を確認すると、地図を読むのが苦手な様子。 僕 「次に曲がるのはどこだっけ?」 Y 「ええっ?現在地は…」 僕 「今は23号線から517号線に入って1マイルくらいのところ」 Y 「えっ、517って言われても…」 僕 「3枚目の地図の中央から北向きに走っている細い道路」 Y 「あっ、ハイハイ」 僕 「次にぶつかる黄色い太い道まで何マイルくらいある?」 Y 「マイル数は…、そんなに遠くはありません。」 僕 「そっか…」 後部座席のT 「ナビ代わろうか?」 Y 「いえ、わたくしめが…」 耐寒ゴルフが終了し、凍える体でいそいそと宿泊するホテルへ向かう。 早くメシを食って温まりたい気持ちでいっぱいだ。 チェックインを済ませて部屋へ向かう途中、Y君から「4人全員同じ部屋で泊まれる」とのこと。 じゃあ、2ベッドルームかコネクティングルームだな。 部屋に入って明かりをつけると、そこにはベッドが二つ。 他に部屋がある様子は無くその部屋も狭いので、男4人が部屋に入っただけで窮屈な感じ。 しかも、ベッドはキングサイズじゃなく、シングルに毛が生えたようなセミダブル。 おいおい、ここで4人泊まるのかい? 野郎と肌を密着させて同じベッドで眠るのはごめんだよ。 どうやら、予約時の確認メールには「クイーンサイズのベッド二つ」と書いてあったようだけど、Y君は特に気に留めていなかった様子。 予約に関しては何もしていないので文句を言う権利は無いんだけど、それにしても… でも、そこはフットワークの軽いY君、すぐにフロントへ行って部屋を変更する交渉を開始。 その結果、追加料金を払えば別のホテルで4ベッドの部屋を用意できるとのこと。 おおー、良かった良かった。 再度車に乗ってそのホテルに向かうと、そこにはホテルではなく山小屋のような建物が。 近くにはスキーのリフトが見えるので、冬にスキーロッジとして使用しているもののようだ。 中に入ってみると階段があり、2階建ての3LDKのような造りになっている。 ベッドは三つしかないけど、大きなソファがあるので大丈夫そうだ。 それにしても、室内が寒い。 エアコンは無くて古い暖房装置のようなものがあったので、壁にあるスイッチをひねってみるとパカッとカバーが取れてしまった。 おいおい、この寒さで暖房なしか? と思いつつカバーを強引に元の位置に戻してひねってみると、何とか暖房が動き出した様子。 大丈夫かな… 何はともあれ腹が減って死にそうなので、夕食のために再度外出。 ホテルの近くにダイナーがあったので、そこに入ることにした。 ダイナーとは言っても結構美味しくて、心が和む。 満腹になって部屋に戻ると、暖房をつけて外出したはずなのに寒い。 仕方が無いので熱いシャワーを浴びて温まることにしたけど、お湯の量に制限があるのか徐々にお湯が出なくなり、最後に入ったTは水シャワーを浴びることに。 シャワーから出てきたTの一言、「もう帰りたい…」。 Y君がお湯を沸かし始めたので少しでも部屋を暖めようとしているのかと思ったら、飲むためらしい。 お茶の葉もコーヒー豆も無いのに、何を… 彼は「飲みませんか?美味しいですよ、お湯」とニッコリ。 ありがとう、でも僕はいいや。 リビングでくつろぎたいのだが、寒いのでくつろげない。 仕方が無いので毛布に包まってワインを飲み始めるが、冬の山小屋で遭難したような気分になって落ち着かない。 リビングがある2階の暖房は相変わらず作動していないようだけど、1階の暖房が効いてきたのか徐々に暖かくなってきたおかげで凍死を免れた。 翌朝、起きてバルコニーに出てみると、ツンと冷えた空気が二日酔い&睡眠不足の体に心地良い。 聞こえてくるのは鳥のさえずりとリスが樹皮を引っかく音だけ。 うーん、自然って素晴らしい。 と思いながらも、日本だったら真冬並みの寒さの中、Tシャツ&短パン姿で突っ立っていることに気付いて部屋に戻る。 その後、ホテルをチェックアウトしてゴルフ場へ。 宿泊プランには朝食が付いていたのでまずは朝食を、とゴルフ場のラウンジに向かう途中、Y君がゴソゴソと何かを探している。 ひょっとして朝食のバウチャーが無いとか? 「さっきカバンにしまった」と言ってカバンの中を探しているY君がずっと手にしていた小さな封筒を取り上げて中を見てみると、そこには Breakfast Coupon の文字が。 ラウンジに到着すると、Y君はまたしてもゴソゴソ。 今度は何だ? ゴルフのバウチャーが無いらしい。 一度車に戻りたいと言うのでキーを渡してしばらくしたら、バウチャーを手に戻ってきた。 自分が座っていたシートの上にあったらしい。 ゴルフが終了し、道が混まないうちに戻ろうとすぐにNYへ向かう。 昨日と逆の順序で戻るんだけど、数マイルで道路の名前が数回変わる区間があるので経路検索の紙を見ようとしたら、助手席のY君が「あっ、トランクにしまっちゃいました」とのこと。 あのー、人が用意してきたものを勝手にしまわないでくれる? 運転中に必要な経路検索の紙はトランクの中、手元のカバンにはお菓子。 途中、助手席のY君に「この道はこっちでいいんだっけ?」と確認すると、「はい、大丈夫です」との返事。 でも、何かおかしいなと思って地図を見て確認すると、全然違うではないか。 間違えた道を戻るのにUターンをしようとサイドミラーに目をやると、Y君が今更ながら睨めっこをしている地図が邪魔でミラーが見えない。 申し訳なさそうに地図をダッシュボードに置くY君、でもダッシュボードに紙を置くとフロントガラスに反射して前が見にくいんだよね。 とまあ、そんなこんなで何とか無事NYに戻ってくることが出来た、ながーい週末だった。 Y君、幹事お疲れさま、思い出深い旅行をありがとう! 2007年 09月 13日
ついに卒業の日を迎えた。 大学全体の卒業式は既に5月に行われているので、僕が通うプログラムの生徒100名強のためだけの小さな卒業式。 会場は大学ではなく、近くの Riverside Church で行われた。 大学のホームページに掲載されている過去の卒業式の写真を見ると、多くの人がラフな服装で式に臨んでいる。 それに、どうせガウンを上からすっぽりかぶってしまうので中身は何でもいいだろうとTシャツ姿で会場に行くと、みんなジャケットを着てネクタイをしていた。 やばい…ホームページの写真は20歳過ぎの学部生だけど、僕は平均年齢35歳のプログラムにいることを忘れていた。 そんな中、仲良くしているスイス人がポロシャツ姿で現れた時は奴が神様に見えた。 大学全体の卒業式だと大勢が狭い場所に押し込められ、炎天下で延々と行われるらしいんだけど、僕らの式は教会内でゆったりと行われた。 両親や兄弟、親戚など一族総出で式に参加している人もいて、アイビールックの金持ちそうなおじさんや民族衣装を身に纏ったおばさんなど、みんな厳かな格好をしていた。 彼らにとって卒業式は僕が考えているよりもずっと重要なものなんだろう。 建物に入るとすぐにガウンを着てTシャツ姿が目立たないようにし、まずは写真撮影。 その後教会内で式が始まり、学長の話や各賞の表彰が行われ、生徒代表のスピーチは以前書いたアリストテレスだった。 ![]() 卒業式を終えればMBAを取得した実感が沸くかと思っていたけど、そうでも無い。 まあ、きっと多くの人がこんな感じなんだろう。 過去を振り返ってみると、渡米直後に僕の受験生活は始まった。 英語が出来る人として米国に赴任したわけではなく、デリでの買物すら覚束ない状態からのスタートは決して楽ではなかった。 NYにいても日系企業ということで自然に英語に馴染める環境ではなかったので、仕事の後に家でひたすらTOEFL/GMATの勉強をすることでしか英語力を上げる方法はなかった。 それでも何とか1年ちょっとで合格し、こうして卒業の日を迎えられたことで、人生何とかなるもんだなと実感。 MBAに興味はありながらも英語がネックとなって諦めている人は少なくないと思うけど、僕のようなレベル(当時31歳・TOEIC550点・TOEFL180点)でも3年半でMBAを取得できたということがMBAを検討するきっかけになってくれれば嬉しい。 MBAを取ってどうするの?日系企業で持っていても活用できる仕事が無いのでは?、という意見があるのも然り。 でも、これはMBAを誤解している人の見解だと思う。 弁護士や会計士といった資格ではないので、MBAを取得したことでそれまでは出来なかった仕事が出来るようになるわけではないし、それだけで特定の仕事のパフォーマンスが飛躍的に向上するわけでもない。 MBAはあくまで思考や判断のベースとなるものであり、どんな仕事をしていても活かすことは出来るし、逆に活かそうと思わなければどんな仕事に就いていても無用の長物になってしまうだろう。 個人的には仕事のパフォーマンス云々ではなく、MBAで学んだことでより多くの視座と発想を持つことが出来れば、それが仕事の充実感につながっていくのではないかと期待している。 ![]() さて、卒業してからというもの、「平日の夜や週末に勉強しなくても良い」という状態が嬉しく、筋弛緩剤を注入されたアスリートのように、糸の切れた凧のように、ふらふらした生活を送っている。 もちろん、これまでも全く勉強しない日はあったけど、飲み会や遊びの予定を入れる際も仕事に加えて大学や勉強のスケジュールを意識しながらだったので、これが無くなることによる精神的な差はでかい。 しばらくはアルコールとゴルフを中心とした生活になりそうだ。 ![]() 2007年 09月 10日
一週間の休暇を取ってまたしてもカリブ海に行ってきた。 今回は東の外れの方にある Anguilla (アンギラ)と St Martin (セント・マーチン)。 これまでに行った島と今回の行き先は↓な感じ。 ![]() いつもの通りグーグルマップやネットで検索しながら、今回も「何となく」で行き先を決めたので、アンギラとセント・マーチンにした理由は特に無い。 強いて言えば、アンギラはイギリス領、セント・マーチンは島が南北に分かれていて北がフランス領、南がオランダ領と、3つの文化が味わえるかなと思ったから。 アンギラもセント・マーチンもNYからの直行便があり、4時間くらいで到着。 二つの島はフェリーでわずか20分という距離なので、島間の移動は楽だった。 Anguilla まずはアンギラに滞在。 この島はガイドブックに「何も無い」と書いてある通り、中心部でも店がまばらにあるだけで素朴というイメージがぴったり。 島の人々ものんびりしていて、全ての時間がゆっくりと流れている。 海の美しさは昨年行った アルーバ 以上で、僕が知っている限りでは世界一きれいだった。 ![]() また、9~10月はハリケーンシーズン(オフシーズン)ということで観光客は殆どおらず、僕が泊まったホテルも4組しかお客がいなかったので、美しいビーチを独占する贅沢を味わえたのも良かった。 ![]() ビーチで過ごす以外にやる事が無いので、レンタカーでビーチをはしごしたりもした。 ビーチによって雰囲気が違うけど、最も美しいと言われている Shoal Bay はまさに楽園という言葉がぴったりだった。 ![]() St Martin 旅の後半はセント・マーチンに移動。 こちらはアンギラよりも発展していて、大型ホテルやショッピングモールがあって観光地化が進んでいる。 アンギラとはフェリーで20分の距離なのでやはり海はきれいだけど、アンギラの海を見た後だと少し劣る気がした。 ![]() 僕は島の北半分にあたるフレンチ・サイドに泊まったんだけど、こちらは美味しいレストランが沢山あることで有名。 ホテル近くのレストラン街にはフレンチ系のレストランが沢山あり、手頃な値段で気軽にフレンチを楽しむことが出来た。 また、海に面しているレストランも多く、↓のような夕日を眺めながらフレンチなんぞを食していると、普段は飲まないワインなんかも注文しちゃってご満悦。 ![]() そんなこんなで、海→ビール→海→ビール→昼寝→ワイン、のようなぐーたら旅行を満喫してきた。 去年行ったアルーバもかなり良かったけど、僕はアンギラの方が良いと思った。 素朴なリゾートが好きならアンギラ、程よく観光地化されたリゾートならセント・マーチン、その中間がアルーバ。 いずれもお勧めです。 いつも通り、数え切れないほどの写真を撮ってきたので、残りはスライドショーでどうぞ(音が出ます)。 Anguilla & St Martin Slide Show ![]() 2007年 08月 29日
早朝からアパートの屋上に上がってみた。 屋上に出るドアを開けた途端に大音量の防犯ベルが鳴り響いたけど、シカトしてやった。 こっちは時間との勝負なので、それどころではない。 ![]() ![]() 2007年 08月 28日
日曜のゴルフの後、久しぶりに自宅から写真を撮った。 最近はどんよりした日が多かったけど、やはり雲の具合が良いと気分も良い。 ![]() ![]() ![]() 2007年 08月 27日
レポートや試験関係が一段落したら、やる事と言えばゴルフ。 久しぶり?にゴルフ三昧な週末だった。 まずは土曜日。 前日の夜に行くことを決めたんだけど、その時点から翌朝の誘いをかけるのもどうかと思ったので、初めて一人でゴルフに行ってしまった。。。 コースはいつもの Van Cortlandt。 ゲイっぽい二人組みと一人で来ていたおじさんとともに8時にスタート。 調子はまあまあだったんだけど、アプローチをしようと思ってグリーンに近づくと・・・ ![]() …もしもし? グリーンと呼ぶのが嫌になるような悲惨な有り様。 もっと近くで見ると… ![]() こんなにひどいグリーンは初めて。 全然転がらないし、傾斜とは無関係にボールが鋭角に曲がる。 フェアウェイでパットした方がマシかもしれない。 ショットの調子が良くてスコアは91と悪くなかったんだけど、このグリーンにはちょっとがっかりだな。 このコースに来ることは当分無いだろう。 そして日曜日。 この日はいつものメンバーを中心に8人でゴルフ。 コースはブロンクスにあるパブリックの Pelham というコースで、ラウンドするのは初めて。 前日の Van Cortlandt と元同じ系列のパブリックコースということでグリーンのコンディションが気になったけど、行ってみるとこの通り。 ![]() やっぱグリーンは緑色じゃないとね。 芝生もちゃんと整備されていて、大満足。 フラットで比較的簡単なコースだったんだけど、調子は良かったり悪かったり。 初めて一日にバーディーを4つ取ったにもかかわらず、グリーン両脇のバンカーを二往復するなど大叩きしたホールが二つあったせいで、スコアは平凡な92。 なかなか自己ベストを更新できませんなあ… 昨日 Van Cortlandt に別れを告げた直後で次からどこでゴルフしようか考えていたところだけに、グリーンが綺麗に整備された Pelham に出会ったのはでかい。 是非ともまた来てみたいコースだ。 2007年 08月 22日
Personal Leadership の最後の授業はプレゼンだった。 テーマはかなり自由に選べたので、前回エントリーのようなコスプレでプレゼンするグループもいたけど、僕らはそれなりに真面目?なテーマに取り組んだ。 ![]() 選んだのは Birth Order Effect。 何と訳して良いか分からないけど、「末っ子はこういう性格になりやすい」みたいな、兄弟姉妹の中で生まれた順番によって性格に特徴が見られるということを研究したもの。 日本でこういう研究があるのかどうか知らないけど、アメリカでは100年以上も前から研究が行われてきたらしい。 ビジネススクールにおけるテーマとして適切かどうかは分からないけど、アメリカではこういうのもアリらしい。 なお、研究対象となるサンプル数を多くするのには限界があるので以前の研究とは矛盾する研究結果が発表されることも多く、未だに確立された学説は無い。 興味のある方は、これ とか これ とか これ をご覧下さい。 各 Birth Order ごとの特徴を簡単に書くと以下の通り。 なお、前述の通りこれは一つの研究結果なので、これとは違う内容の研究結果もある。 First Born (男女に関係なく一番上、兄がいる長女などは該当しない) 特徴は、責任感が強い、完璧主義、熱心、権威主義、リーダーシップ、など。 有名人ではチャーチル、クリントン夫妻など、政治のリーダーやノーベル賞受賞者が多く、過去の全ての宇宙飛行士はFirst Born又は長男・長女らしい。 家庭内環境としては、成功へのプレッシャー、弟妹の面倒見の要請、ライバルの出現(独り占めしていた親の関心を奪われる恐怖)による焦り、などが人格形成に影響していると言われている。 Middle Born (真ん中、上にも下にも兄弟姉妹がいる人) 特徴は、平和主義、交渉上手、創造性、柔軟性、など。 ビル・ゲイツ、JFK、マドンナ、ダイアナ妃、など。(共通点なし?) 文字通り兄弟姉妹の真ん中なので対人能力・社交性が身につきやすい一方、没個性になりやすい。 Last Born (末っ子) 特徴は、型にはまらない、依存心、社交的、ユーモア、狡猾、など。 ジム・キャリー、ビリー・クリスタルなど、俳優やコメディアンに多い。 常に面倒を見られる立場で頼られることが無いので、甘えん坊になりやすい。 また、多くの物事を親ではなく(親より未熟な)兄姉から学ぶため、学問の面では上の兄弟姉妹よりも成功者が出にくい。 Only Child (一人っ子) 特徴は First Born に似ているが、更に良くも悪くも感情的といった特徴がある。 ガンジー、アインシュタイン、グリーンスパン、タイガー・ウッズなど、「超人」に多い。 親の関心を大人になるまで独り占め出来るため高度な頭脳を身に付けやすいが、一方で自己中心的になりやすい。 なお、カップルになる際に同じ Birth Order(特にFirst同士、Last同士)だと最悪で、異なる Birth Order の組み合わせの方が上手くいくらしい。 まあ、あくまで限られたサンプルから導かれた結果なので、参考程度に。 一応授業の一環なので、所々にサイエンティフィック?な事や授業で習ったコンセプトを織り交ぜながら、プレゼンは無事終了。 みんな興味があるみたいで、最初から最後まで集中して聞いてくれた。 ![]() 2007年 08月 16日
金曜から土曜にかけて色々と活動した後、日曜からは勉強モード。 学期末はいつもバタバタするんだけど、今学期末は特に作業が多く、これから10日間くらいで試験やらレポートやらプレゼンをこなしていく。 大学主催のディナーや仕事関係の飲みがあったりして時間の確保が難しそうだけど、効率良くやっていきたい。 ![]() そんな中、グループで提出するグローバリゼーションのレポートがいきなりトラブル。 7人のグループで、うち4人はこれまで話したことも無い別プログラムの人だったから少し不安だったんだけど、その不安が的中した。 レポートを6分割し、1人が取りまとめ役となって進めることになっていたが、このうち3人が殆ど機能していない。 メンバー構成は、アメリカ人①(取りまとめ役)、アメリカ人②~④、フランス人、インド人、僕。 他のメンバーがきっちりと役割を果たす中、アメリカ人②~④は超いいかげんだ。 役割分担を決めた辺り(7/28)のメールを見返してみると・・・ アメリカ人② 8/1頃までにはきっちり仕上げてファイルを送るよ。 アメリカ人①の取りまとめを手伝ってもいいぜ。 アメリカ人③ 週末の時間は全部レポートにつぎ込むから8/5までには出来るよ。 アメリカ人④ 前倒しでやっていこうぜ。 その後、フランス人・インド人・僕は先週半ばくらいまでに自分のパートを仕上げたにも拘らず、締切(8/16)が近づいてきてもアメリカ人②~④からは何の連絡もなし。 こういう時、多くのアメリカ人は表立って②~④を非難することはせず、現実的な解決策を探りだすことが多い。(陰ではボロカスに言うけど。) 一昨日になってアメリカ人①が「(②~④のパートはあきらめて)既に完成しているパートを膨らませることでレポートの仕上げに入らないか?」と提案。 すると、過去2週間くらい何の連絡も無かった②と③からすぐに「賛成!」とのメールが。 羞恥心とかプライドという言葉を知らないのかな… 他人の目をあまり気にしないアメリカ人のダークサイドが炸裂だ。 また、アメリカでよく気付くことなんだけど、あと数日でどうやって仕上げて行こうかという相談をしている時、②~④がこれまで何もしなかったことはチャラになり、全員が同じスタートラインに立って議論している。 「これまでサボった分がんばるよ」という②~④のコメントも無ければ、他のメンバーもそれを要求しない。 これって「大人な対応」なのかな? 僕も敢えて何も言わないけど。 ![]() アメリカ人①は僕が仲良くしているクラスメートでとても優秀かつまじめなんだけど、②~④はあまりにも対照的だった。 グループメンバー全員が同じ成績となるレポートに貢献したところで何のメリットも無いんだろうけど、メリットが無いと何もやらないんですか、カネにならない事には興味なしですか? うちのクラスはこの手のアメリカ人が少なくて良かった。 こういう事もグローバリゼーションクラスでの学びの一つなのかもしれない。
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昨日は8月にもプレーしたBethpageに行った。











































